2013年8月12日月曜日

ドラゴンズクラウン レビュー ★おすすめゲーム


 

【まえがき】

ゲームに於けるオリジナリティってなんだろうって考えた時、ゲーム性だとか音楽だとか色々あるだろうけれどまず一番最初に「これオリジナルだな!」って思わせるのはアートワークだと思う。

一番最初に目に入ってくるのは必ず絵だからってそういう単純な理由。

ここの部分は市場原理が介在するようでしない、最も直感の働く部分。

奇しくも最近、プラチナゲームの神谷英樹氏の直感云々のツイートを読んでいて「全くその通りだ」と思った。

というのも最近はどちらかというと体験版だとか、発売直前プレイ動画だとか、ゲームメディアの情報だとか沢山情報を開示してやっと買う買わない至るけれど、

そうじゃなくて自分の第六感に訴えかけてくる作品こそが自分が本来欲しい作品で、そこに訴えてくるものがまずあってそこから作品に対する冒険が始まるものだと自分は思っている。だから一番最初に目に入ってくるアートワークはとっても大切なのだ。

情報過多で確認に次ぐ確認の時代だから良くも悪くも失敗もなく現実的で、そういう考え方とは真逆の時代だけどね。

(余談だがインターネットによる情報過多状態で奇跡は死んだと思う。確認確認また確認。確認行為は奇跡を生まないし驚きを殺すだろう。自分の羅針盤も発信される情報任せという事になる。自己判断が介在するのは最後の王手という瞬間になってやっとである。友人の駆け出しゲームクリエイター曰く、「日本のマーケットはそういう意味でレベルが高かったけど、それがここ数年でダダ下がりに感じる」らしい。当たってる気がする。直感力の高さは作品に対する厳しいジャッジと拘りでもある。それが下がり続ければ真に新しい物が出たとしても市場的には正当な評価が得られる事はなく必然的に似たような作品で溢れかえる事となる。(細かい事は後述する)ネットに良い部分があるとすれば距離が短縮された事で人との出会いが多くなった事、と言えるかもしれない。東京に居れば愛知在住の人と会って話す確率は本来0に等しいがインターネットはこの偶然の出会いを可能にする。だがコミュニケーション能力低下も指摘されて久しいしまた事実なので、人と人との現実的な距離が縮まっていても精神的距離は東京と沖縄くらい間があいてるし、ネット普及によって縮まった現実的な距離を活かせてないのが実態だと思うしやはりそれもゲームの遊び方に響いてる気がするがどうだろうか。)

失敗するようなゲームを消費者が作らせないようにした、とも思う。

「こんなの別の作品でも見た事あるし、飽きたな」と思う人がいる一方で「これ、~に似てるから買う」という人も沢山いる。

昨今のハンティングアクションゲームブームや、萌え絵ブーム、ラノベの似たようなタイトルブームは、後者の様な人が一定層居るからであろう。

製作者側は新しい何かを作り出すより「~に似たタイトルだから買う」という人達が喜ぶ作品を出したほうが、言ってしまえば手堅いのだ。

それでも市場にマンネリな風が吹く中、新しい何かを持っている圧倒的な作品が登場すると、「似たような要素」を持っている作品に安心する人でも一斉に飛びつく。

実際彼等は見た事もない、免疫もないものに対して興味が持てないわけではなく、そういう機会を中々得られなかったに過ぎないんじゃないだろうかと思っている。

マリオ、ドンキーコング、ロマンシングサガ、タクティクスオウガ、ベイグラントストーリー、メタルギアソリッド、ペルソナ、ダンガンロンパ、デビルメイクライ、モンスターハンター、デモンズソウルなどなど新旧問わず挙げていけばキリがないけれど、どの作品も多くの人に新しい驚きを与えてくれたゲームである。

そしてどれも全く方向性は違いながらも多くの人を魅了する第一級のアートワークを持ってなかっただろうか。

新しさが枯渇した時代だと思うけど、似たような作品をずっと受け入れている人達は一方で新しい驚きを潜在的に待っているに違いない。そういう人達の眠ってる感性を覚ますのは製作者側であり、眠っているのを良い事にテキトーな模造品を乱造しているだけであれば訪れるのは緩やかな業界の死である。


【ヴァニラウェアに関して】

そういう意味ではファンタジーゲームの分野ではヴァニラウェアは地道に人員的には小規模に、オリジナルを生み出し続けている。オリジナルという言葉はこの会社のためにあるようなもんじゃないだろうか。

ドラゴンズクラウンが結構売れた事で「ドラゴンズクラウン2が出る前に他社が類似ベルトスクロールアクションを乱発するに違いない」という珍予想を見かけた事があるけどそれは100%無い。

ヴァニラウェアの書き込まれた2Dをまねするのは単に楽じゃないし、彼等の上辺を真似をしたところで中途半端な物はそのしょぼさを再認識させられるだけで恐らく何の利益にもならない。

(2Dゲームは中途半端なグラフィックを作れば最近で言えば何の特徴も無いブレスオブファイア6みたいなザマになってしまう。)

そういう、見るからに真似だと分かるような作品を出して利益を出すような会社はもっと真似しやすいものをターゲットにするだろう。

最近のレトロ調2Dゲームのブームも最も書き込まれた時代の2D画面の模倣ではなくそれ以前のもっと古い2D画面である。

現代にここまで書き込まれた美麗な2Dグラフィックのゲームを作るという事自体とても稀有で真似できるものではない。それ程までにオリジナルなのだ。


グラフィックに対してゲーム性はどうかと言うとヴァニラ信者をして「過度な期待をしない方が良い」とか「良くも悪くも雰囲気ゲー」とか言う人が多い。

グランナイツヒストリーは久々にターン制バトルの面白さを更新したと思うし、インターネットと合わさった将来のRPG像を思い浮かべたけど、朧村正Vitaはグラフィック以外ははっきり言ってかなり厳しい造りだなと感じた。

古いゲームのリメイクとは言えあのゲームの発売はヴァニラウェアファン以外のドラゴンズクラウンの購入意欲を削ぐには十分な作品じゃなかっただろうか。

それくらい「当事の」ヴァニラウェアが思いっきり出てしまっている。

グラフィックやキャラの細かい動き、飯のシーン以外はかなりアチャーッとなる。

色々と不便&単調でゲームを投げてしまった。

この時初めてヴァニラウェア信者の「良くも悪くも雰囲気ゲー」という言葉を思い出す事となった。

グラフィックに注力しすぎればゲームシステムがおざなりになるは、何も3Dゲームだけが抱える問題じゃないのだ。

朧村正と同じアクションゲームのドラゴンズクラウンは結局どうだったろうか。


【ドラゴンズクラウン レビュー】

①アクションゲームとカードゲーム的な奥深さの融合
最近のMORPGやMMORPGを見るとアクションが徐々に出来るようになってきてはいるが、未だに棒立ち戦闘ばかりで現代のゲームから乖離しているものばかりだ。

昔はMMORPGと家庭用ゲームのゲーム性の差は天と地ほどの差は無かった。

ファイナルファンタジーをやってからディアブロやラグナロクオンラインをプレイしてもスピード的にもさほど問題は無かっただろう。

しかしゲーム機やPCのスペック向上に伴ってリアルタイムなゲームプレイを大事にする作品が増えてきた。

FPSブームにしろモンスターハンターブームにしろそうである。

そういうゲームを当たり前に経験してからMMORPG(最近なら新生FF14)に移行すると待っているのは2002年のラグナロクオンラインブームの頃と何も変わらないグラフィックだけが綺麗な棒立ち戦闘である。

ゲームとして面白くないと思われるのも当然じゃないだろうか。

あの天下のブリザードも時間かけまくってディアブロ2からどんだけ変わったものを出してくるかと思えば懐古趣味丸出し・・・ならまだ良くディアブロ2から良いところを取っ払ったようなディアブロ3だった。個人的にはこのディアブロ3は一つの大事件だった。

こんな何も進化してないゲームをあのブリザードが出してくるなんて・・・と。


ドラゴンズクラウンはタイトルだけならVitaのロンチ時から名前を連ねる超古株タイトルだ。

僕はこのゲームのためにVitaを購入したようなもの。

2年待った。(発売しないなんてデマも出回ったもんだけど、実際それがデマじゃなく真実になりそうだったのは神谷盛治氏のロングインタビューを読むと分かるだろう。)

ディアブロ1を初めてプレイした時、こういうゲームを携帯機で遊べないかなぁと思ったし、聖剣伝説レジェンドオブマナを遊んだ時、これがこのままオンラインゲームにならないかな、と思ったものである。

グランナイツヒストリーからのヴァニラウェアはゲームシステム的にもかなり斬新で挑戦的である。

それは本作も同様で、

派手で爽快だがカードゲーム的な深みは持たないアクションゲームとアクションはしないが戦略的な駆け引きが面白いMMORPG・ハック&スラッシュのアイテム掘りの面白さを巧く融合させている。

各クラスでアクションは全く異なるし、スキル構成で使用感もかなり変わってくるだろう。

アクションゲーム的な極め方も出来るし、スキル構成やアイテム構成も楽しめるという一挙両得なゲームだ。

ただ、続編を出さないヴァニラウェアが奇跡的にもドラゴンズクラウン2を作る事となったら、クラスのビルド構築はディアブロ2並に多彩な構築が出来るゲームにして欲しい。

それにスキルがアクションに作用する要素は飽くまで副次的なものでありアクションその物が増えるというものではない。

スキル構築によって出せるアクション(技)が異なるというのは究極のオリジナルキャラクターを作りたいと思う人なら誰もが一度は思い浮かべる妄想である。

次回作では是非、使えるアクションそのものが違う、というようなスキル構築が出来るようにして欲しい。


こういうアクションゲームを遊んでみて、やっぱり今更棒立ちのMMORPGやMORPGを遊ぶ気は起きないなというのが正直な気持ちである。ターン制RPGやMMORPGの棒立ち戦闘はマシンスペックがそれ以外を許さなかった頃の表現方法であり現代の表現方法では無いと思う。

アクションの爽快感とカードゲーム的な奥深さの組み合わせはこの手のゲームへの将来を感じる。


②冒険の舞台のギミック
街は美しいが人が少ないのが残念だ。表示人数はあれくらいで丁度良いがならば何パターンかあってほしかった。少しここは味気ない。

ダンジョンギミックは友達と話にもなったが、もっと様々なしかけが欲しいというのが本音。
絨毯や船が破壊される前は乗り物から落ちても良いと思うし、アクションゲームの面から見た時まだ緩い。易しいとも言える。オンラインプレイのあるゲームではいずれ煩わしくなるかもしれないけれどパズル要素があったり二手に分かれたり、そんな遊び方が出来たらなぁとも思う。ゲームの面白さは効率プレイや戦いだけではない。

ただ、マルチプレイをやらせるゲームで魔法の絨毯に乗ったり、ドラゴンが追いかけてきたり、船に乗ったり、といったギミックは仲間と冒険していると実感させる素晴らしい試みだったと思う。
協力プレイが売りのゲームでパーティを組んでも大体は単に目的地まで歩いたり走ったりするだけで余り一緒に冒険をしているという感じはしないし、モンスター討伐のために義務的に組んでいるという感じだからだ。

混沌の迷宮はエンドコンテンツとして素晴らしい役目を果たしている。
所謂不思議のダンジョンゲーム的なランダム生成の迷宮だがこれがかなり難易度が高く、単にボタンを押しまくるだけでは攻略出来ないだろう。
それにステージギミックもかなり無茶なもので、床が燃えてるのに水が詰まった樽が無かったりそこにボスが登場したりと文字どおり混沌である。ここはレベル高いプレイヤーが多いだけあって効率に偏るプレイヤーが多いそうだが、そんなプレイヤーに臆する事無く冒険に赴こう。
効率と言いながらマルチにしがみつくプレイヤーの発する混沌などは風前の灯のようなものである。


③物語
物語は今くらい簡素であっても良いしエンディングが異なるのも良いが大事なのは過程で、各クラスで全部過程が違うくらいのものだと一つのクラスを遊び終わって次の別クラスを遊ぶ時、また新たな気持ちではじめる事が出来る。

こういう部分はディアブロの時代から進歩してない部分じゃないかと。

やり込み要素を遊ばせるのに大事なのは如何に作業と感じさせないか、だと思う。


④カーソル
盗賊ロニを動かしたりルーンを発動させるために苦肉の策としてRボタンにカーソル操作として割いているがこれはいただけない。

カーソルが表示される事でパソコンゲームのような見た目にはなるがやりにくいだけである。

幸いVita版は画面タッチさえすれば出来るようになっているけれど、多くの人が言われているように宝箱に近寄ってボタンを押すだけの方が楽だろう。仮に近寄ってボタン押すだけの方式でもロニの仕事が変わる事はないのだから。

それに物理クラスは魔法職に比べるとイマイチ派手さに欠けるので、Rボタンをカーソルに割くくらいならRボタンと○△×□ボタンと組み合わせて必殺技でも出せたらよかった。

必殺スキルを出せれば戦闘のアクセントになるだろう。


⑤オンラインプレイ
オンラインプレイは出色の出来栄えで、オンラインに接続さえしてしまえばいつでもどこでもプレイヤーが乱入してくるという素晴らしい仕様だ。

1ラウンドが終わればそこで抜けるか抜けないかを選択する事が出来る。

またオンラインプレイなのに会話が出来無いというところがむしろゲームに巧く作用していて、
食べ物を食べる時立ち止まって待ったり、ルーンを作動させる時に待ったりと無言のコミュニケーションが交わされている事に気づくだろう。

無言なだけにオンライン要素があるゲーム特有の効率トークをする必要も無く、

良い意味で空気の読めないプレイヤーは効率とは真逆の行動を取ったりしてここもゲームの面白さだと思う。

ゲームは本来行動の多様性が面白い遊びだと思うがMMORPGなどがつまらなくなってしまう理由はゲーム経験者が究極に突き詰められた効率を他人に強制するからだと思う。

どんな外観のゲームであっても過去の経験が、違うゲームを同じ遊びに変換してしまうのだ。

だから新しいオンラインゲームに多くの人は「あの頃の面白さ」を求めるが中々それが叶う事は無い。

僕はオンラインゲームは会話出来てこそだろ、と思っていたけれど逆に無言である事で行動に幅が出るなんて面白いな~と感じた。

オンラインゲームを知らない人間がオンラインゲームを遊ぶと経験者の間では「お約束」となっている行動を取らずに、突拍子な事をするもんだけど(言動含めて)それがオンラインゲームに於ける「多様性」じゃないかと思っているし、面白さだと思っている。

ドラゴンズクラウンのオンライン要素はそういうところが多少見られて面白い。

闘技場があるのもGood!!

これはこのゲームの究極のサプライズだった。

最近のゲームはオンラインゲームであっても協力プレイがメインでプレイヤー同士が積極的に戦うゲームは中々少ない。

というのもPlayerKillやらなんやらが悪用されすぎて多くの普通のゲーマーの時間とやる気を奪い運営への抗議に繋がり運営としても客に離れられるのは困るという事で対人という要素そのものをなくしてしまったのである。ネットゲームをゲームとしてではなくサービス業として優先させるならば多くの人間の要望を聞くのは当然と言える。(自分もそんな対人が無くなった小さな原因のうちの1人かもしれない。)

だけど対人を無くした事で人々の心の平穏は保たれただろうか?

残念ながらそうはなっていない。

ネットゲームプレイヤーは対人要素なんぞ無くてもツイッターなどのSNSで、掲示板で、各職業の悪口を言ったり特定のプレイヤーの悪口を書いたり運営の悪口を書いたりしている。

対人要素が荒れる最大の原因という訳ではない事は自明の理で、複数の人が集まれば荒れる理由を作り出すし口論やらなんやらで辞めてしまうこともあるのは何ら変わりなく存在するのだ。

それがたまたま対人があった頃は対人という一要素のせいに出来た、というだけである。

今日たまたま
『ディアブロ』で世界ナンバー3に入った極悪プレイヤーインタビュー(外部リンク)
という記事を見つけた。

これを読んでどう思うかは人それぞれだろうが、RPGに於いては悪人すらもロールプレイの一言で済ませられてしまうものじゃないだろうか。自分にとっては対人どころか人間関係のトラブルすらもRPGでいうイベントとして処理する事が出来た。全てゲームの中で起こっている出来事だからである。

対人要素を無くしたとしても人々の鬱憤は解消されるわけではなく溜まっていく一方ならばむしろ戦うという行為で白黒付けられた方がまだ精神衛生上健康的ではないだろうか。

また散々書いてきてる事だが単純に、いくらキャラクターを強くしてもその力の発散がNPCに対してだけというのは面白く無い。

闘技場があるというだけでやりこむ事の目標がまた一つ生まれるのである。

何れにしろ闘技場という要素を盛り込んだ事は英断だと思う。


⑥キャラクターデザイン
キャラクターの見た目に関しては賛否が分かれる。

余りに尖ったキャラクターデザインは最初、自分も買うか買わぬか迷ったところ。

何故なら所謂日本的に格好良いキャラクターがウィザードくらいしかいないからである。

ファイターも兜を外せばご覧の通り(↓)だが普段は兜に包まれているし、線が細く格好いいというキャラクターがいないのだ。


良くも悪くも均整のとれた完璧な黄金比率のキャラクターを普段使っている人間にとっては相当厳しいような意見も見た。恐らく海外での反応を狙ったであろう極端なキャラクターデザインは少なくとも海外レビューを見る限りやや滑ってるっぽいし、これが最適解だったかどうかは疑問である。
たった一人ニンジャなりアサシンなり分かりやすい格好良さのキャラクターが居たら随分反応も変わったのではないだろうか。(とは言え兜を外したファイターを見て僕は大好きになってしまった。ドワーフは女性受けがよく、可愛く見えるらしい。)

それにグランナイツヒストリーではキャラクターを装備によって見た目もカスタマイズする事が出来たがドラゴンズクラウンはせいぜいクラスの色違いと武器の違いくらいしか無いのだ。しかもクラスも男女両方選択出来るわけではなく固定。

ここは日本人か外国人かで大きく反応が分かれそうだが、日本人である自分にとってはキャラのカスタマイズはできるに越した事が無いだろうというのが正直な感想。

特にアクションゲームは素早く動くのにカラーの違いくらいしかないと位置確認が非常に分かりづらい。こういう面から言っても見た目のカスタマイズは出来たほうが分かりやすかっただろう。

とは言え絵が動くような画面はアニメ映画のイリュージョニストを見た時みたく感動したし、2D画面ながら圧倒的に新しい画面を提示出来るのは間違いなくこのゲームだけ。そういう事実の前には諸々のキャラクターデザインの問題など全てどうでもよくなってしまうだろう。
(ちなみに僕はきゃらでざだけならエルフ、ウィザード、ソーサレスが好きです。)

画面の見やすさと言えばグラフィックは2Dゲームの最先端と言えど2Dアクションゲームが持つ課題はそのまま残っている。

エフェクトが激しすぎて自分のキャラの位置がさっぱり分からないって事だ。

これはエフェクトに隠れたキャラクターを如何に制御出来るかっていう別の面でのゲームの実力を求められる。

実際エフェクトは美しいが、自キャラ付近だけは少しだけ透明に見える、とかそんな配慮が必要じゃないだろうか。実際そんな事が出来るのかはわからないけど。

慣れてくればさほど問題も無いけれど慣れるまで自分が何をやってるのかも分からずボタンを押すというのは戦闘の実感は得られるという事とは真逆じゃないだろうか。


【あとがき】
発売発表から発売日決定、発売日決定してからの情報開示、全てがスローモーションだったし体験版も無しという事で現代にしてはかなり情報は抑え気味だったと思うけれど結果として最初に画面や音楽で惹き付けられてから宝箱を開けるまでの楽しみは最後まで取っておく事が出来た。(それだけに発売日前日だかの15分のプレイ動画は蛇足に感じたが。)

8000円という挑戦的な定価もこの秘宝の前には納得。
ヴァニラウェアの汗水が詰まった8000円である。

ぶっちゃけ8000円なんていう値段のゲームは実にスーパーファミコン以来だったから相当ぶっ飛んだし、こんな値段じゃ買わない人いんじゃないの!?と思ったけど杞憂だった。

ゲームの出来は総合的に見てクォリティは高いし斬新だけど二作目がやりたくなる一作目、という感想はグランナイツヒストリーの時と全く変わらない。

あらゆる要素が一作目で終わらしてしまうには勿体無い要素ばかりなのだ。
(グランナイツのネットワークシステムも更にスペックアップしたゲーム機で詰めれば更に面白くなりそうだと思った。正直グランナイツにも二作目を強く望んでいる。)

ヴァニラウェアには続編は作らないと硬い事はいわずに是非二作目を作って欲しい。

というかディアブロでいうエキスパンションパックを出して欲しいくらい。
サムライやらアサシンやらなんでもいいけど新しい職も使いたいし新しいダンジョンでも遊びたい。

また8000円してもまた買ってしまうだろう。

夢と妄想とロマンがぎっちり詰まったこれぞファンタジーらしいファンタジー、間違いなく現代の傑作。

もしこの表現力があって尚且つ大きな会社のような大きな規模の開発が出来たらもっと隙のない作品に仕上がっていたのではないだろうか?そんな妄想も浮かぶだろう。だが今はそんな考えを忘れ、この作品が世に産み落とされた喜びに浸ろう。

筆者:ロジオン


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